チェーンソーから生まれる精霊たち

伊那下神社宮司 森 清人さん

伊豆の長八美術館のすぐ近く、松崎町の中心部に位置する伊那下(いなしも)神社。
港と牛原山の間で、古から山の神・彦火火出見尊と海の神・住吉三柱大神を祀り、松崎の人々の航海安全や豊漁を願ってきた神社だ。

境内に入ると、樹齢数百年を数えるであろう銀杏の老木が出迎えてくれる。
この、緑と水の豊かな境内。
よく見ると、メルヘン?な動物や神様の木彫像がたくさんあることに気づく。

その数はざっと100体以上。
フレンドリーな手書き看板もたくさんあり、なんだかちょっと不思議な感じもする、親しみやすい(ゆるい?)神社だ。

 

これらの彫刻たちは、すべて宮司の森 清人(もり・きよと)さんによって彫り出されたものである。

森宮司が彫刻を作り出したのは、今から約20年前。
平成8年(1996)、40代前半の時、玉楠の倒木で、山側にある6つの境内社のうちのが3つが倒壊してしまった。

どのように修理するか…と対応を考えたが、この倒れて来た玉楠から新しい境内社を生み出そうと、神社にあったチェーンソーで「やりだしてしまった」という。
弁天様、秋葉様、そして大足大明神。
細い枝を切り落とし、太い幹から神の形を削り出していく。
最初は1体一週間、朝から晩まで削っていた。

森宮司は、「昔から木を切るのが好きだったが、木彫について勉強したことはありません。木から、自分の中から自然に生まれる形を削りだしています」と語る。

衝動的に出来上がった最初の3体の後、しばらくは彫らなかったが、ある時長八美術館の後ろの山が伐採され、30mの松の木が手に入った。
また、船大工のおじいさんが、「これで彫れ」と木を持って来たこともあったそうだ。

そうして次々に境内に木像が増えていく。
神様の次は十二支、そしてかわいい動物と、彫るものも変化していった。
森宮司が彫り出した「精霊たち」。
神社を訪れる人が増えるように、ということもあるが、切られた木が新たな形代となり、この神社でひと時を過ごし、朽ちて自然に戻ってくれればという思いもある。

この水神は、渾身の作だと言う。
「木を見たときに龍の形が見えた」と宮司は語る。

牛原山には龍神伝説が残っている。
かつては滝壺があり、そこに2匹の龍が棲んでいた。
しかし、ある時1匹が天に昇ってしまう。
1匹残された龍の化身とされる岩があるのだと言う。
周囲は岩盤で、今も水が湧いているそうだ。
そこに靄がかかるときがあり、2匹の龍が再会している、吉兆の印なのだそう。

境内には神明水と呼ばれる湧き水がある。
この水場を護る龍は、流木から彫り出されたもので、一層の迫力がある。

かつて松崎は、たくさんの神様が在す、信仰のまちであったと森宮司は言う。
人々の生活と信仰が一体であった時から、家族のあり方が変化し、神社との結びつきも弱くなっていく今、人のこころと神社が護るものたちが、また少しずつ寄り添うようにと、伊那下神社の彫像たちは、今日も松崎を見守っている。


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