空海と「禁忌の女谷(めだに)」の謎を追う

船津好明さん

松崎には、いくつかの空海伝説が残っている。

そのうちの一つ、松崎町と西伊豆町の境界にそびえる山の中にある富貴野山宝蔵院は、空海(弘法大師)が密教の霊場として開いたと伝える古刹である。
室町時代には末寺88箇所を有する大霊場として栄えたそうだ。
今は訪れる人も少ない無住寺だが、参道には大日如来、薬師如来をはじめ、弘法大師や観音様、お地蔵様など180体あまりの鄙びた野仏が並ぶ静謐な場所だ。

宝蔵院の参道

 

ここが高野山のような聖地になれなかった原因が「禁忌の女谷」だと言われている。
この女谷があるから仏教修行の場所としてふさわしくない、として、空海が富貴野山を神聖な場所とすることを断念したという記述が江戸時代の古文書(伊東祐綱「伊豆志」)にあるという。
この谷は魔物が出て修行を妨げるとか、「坊主落とし」とか様々な伝説が言い伝えられている。
富貴野山宝蔵院の建物があるところはなだらかな斜面だが、西側の深い谷は、地元の人たちは「禁じられた谷」として近づかない場所だともいう。

文献にのみ記され、誰も正体を知らなかった謎の存在であったが、21世紀になって、松崎町出身の船津好明さんが、真実を確かめるべく、女谷を探しに道無き道をたどる調査を行なった。

富貴野山宝蔵院についての講演を行う船津さん

 

2011年10月に、ようやく女谷の位置を特定し、3人で探検に向かったという。
沢の上流から下流へ、マムシと遭遇したり、足場がないようなところを這うようにして移動したところもあったという。
標高400メートルの、足場の悪い、ぞっとするような深い谷底の上で、船津さんは女性器のように見える岩を見つけ、写真に収めた。

船津さんが写真に収めた奇岩

 

それは、凝灰岩と見られる大人の背丈以上もある奇岩で、縦長の岩が二つ向き合って並んだものだった。
船津さんは、一連の富貴野山宝蔵院の調査を、2016年に伊豆新聞の全11回の連載で振り返っている。
調査が非常に困難な体験であったことから、船津さんは、谷が深く危険な場所であることと空海伝説が結びつき、地元の人は不幸・不吉と行くことを禁じたのだろうと結論づけている。

船津さんの父親の船津好さんも郷土史家として『伊豆松崎の民話』などの著書を残している。
「禁忌の女谷」のことは、『伊豆松崎の民話』の中でも触れられているが、父が実物を調査したかは知らず、自分が謎を解きたいと、危険な調査に臨んだのだそうだ。

調査のことは、伊豆新聞 2016年2月7日から4月17日まで、毎週日曜日の紙面に掲載されているので、興味ある方はぜひ読んでみてほしい。

(情報は取材時の2018年2月時点のものです)


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